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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)2721号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人蓬田武の上告趣意第一点について。

所論は、憲法三一条、三二条違反をいうが、その実質は単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、判決の宣告は、すでに内部的に成立している判決を告知して、これを外部的にも成立させる手続であり、裁判官がかわつても、公判手続を更新することなしに判決の宣告をなしうることとされている(刑訴法三一五条参照)のも、これがためである。また、裁判長の被告人に対する訓戒(刑訴規則二二一条)は、判決宣告に付随する処置の一つにすぎず、その性質上、審理および判決に関与した裁判官でなければこれをなしえないというものではない。それゆえ、原審の審理および判決に関与しない江里口裁判官が裁判長として原判決を宣告したことをもつて違法とすることはできない。

同第二点について。

所論は、憲法違反をいう点もあるが、その実質はすべて量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(岡原昌男 色川幸太郎 村上朝一 小川信雄)

弁護人の上告趣意

第一点 原判決は憲法第三十一条同第三十二条に違反しているので破棄されなければならない。

被告人酒井啓に対し昭和四六年一〇月一四日原審裁判所法廷において裁判長上野敏、判事岡松行雄、判事中久喜俊世の構成によつて検事丸山源八、弁護人蓬田武、被告人酒井啓出廷において審理をなし、被告人尋問を行い、事実調を終つて、判決宣告公判期日を昭和四六年十一月十一日午前一〇時と指定して閉廷したことは第一回公判調書記載によつて明らかである。

第二回公判期日の昭和四六年十一月十一日の公判においては裁判長判事江里口清雄、判事上野敏、判事中久喜俊世の構成によつて裁判長江里口清雄が判決宣言をなした(弁護人蓬田武は定刻一〇時より八分遅れて出廷したが既に宣告は終了していた)被告人は両国駅よりタクシーを利用したが交通混雑のため四〇分程おくれて出廷したので、第二回公判調書には被告人弁護人は不出頭となつており、江里口裁判長の宣告の事実のみを明示している。

然るところ、裁判とは具体的事実に抽象的法規を適用した判断であり、判断の具体化は判決書によつて表示され、右の裁判行為をなした裁判官は裁判長上野敏、判事岡松行雄、判事中久喜俊世の共同合議行為によることは判決書に右三名の自署捺印があることによつて明白である。

ところで、裁判は具体的事実の究明と抽象的法規の適用をなした結果を判決書に具体化すると共に、判決の内容を被告人に対して宣告により告知することを要するは刑訴法三百四十二条同三百三十三条によつて明かにしている。

刑訴法規則二百二十一条(判決宣告後の訓戒)「裁判長は判決の宣告をした後被告人に対しその将来について適当な訓戒をすることが出来る」と規定していることは、宣告した判決の裁判に関与した裁判長が自ら被告人に対して宣告した後において適当な訓戒を行い、再犯防止等の立場より教育刑の目的を果し得るように説示をなし、被告人の納得を得べく働きかけることを求めたものと解する。

従つて判決を下した裁判長が宣をなすことを義務づけていることは明かであつて、転任、死亡、病気等の事情で判決をなした裁判長が宣告することができない場合のみその事情を明かにして、裁判に関与せぬ裁判長の宣告を容認しているにすぎない。

他人の行つた裁判の宣告を全く裁判に関与しない第三者が宣告して一向差支えないと解することはできない。

本件の場合には上野敏が裁判長、岡松行雄、中久喜俊世が陪席として審理に関与して判決を下しているのであるが、言渡は審理に全く関与せぬ江里口清雄が裁判長として上野敏、中久喜俊世が陪席としての構成において、江里口清雄が判決言渡をしていることは第二回公判調書によつて明白である。

裁判をなした岡松行雄が差支あつて構成に加われなかつたとするならば、上野敏が裁判長、陪席判事江里口清雄、同中久喜俊世の構成において裁判長上野敏が判決の宣告をなすべきである。判決言渡は裁判長が行うと解しても、上野敏は裁判長としての職名を有することは第一回公判調書によつて明白であるので上野敏が言渡をすることに少しも支障はないのである。

一生の大事としての判決の言渡をうける場合における被告人の立場を考えるとき、審理裁判をなした裁判官は陪席として列席しているが、顔も知らず、口をきいたこともない全く未知の人物から判決の言渡をうける不合理は到底納得することはできない。

従つて第二審判決を江里口清雄が裁判長として宣合したその宣告は無効と解せねばならず、第二審判決は有効なる宣告がなかつたものと解せられるから憲法第三十一条同第三十二条に違反し破棄を免れないものである。

第二点 量刑不当〈省略〉

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